やさしいビタミンCの知識

なぜ,ビタミンCは,L-アスコルビン酸と呼ばれるの?

1927年に世界で初めて,ビタミンCを純粋な結晶として分離したアルベルト・セント-ジョルジ(1893年~1986年)は,その当時,まだ30代半ばでロックフェラー基金研究員として,英国ケンブリッジ大学ホプキンズ教授の研究室で,牛の副腎等を用いて研究に従事していた.彼の研究目的は,新たに牛の副腎から結晶状に得られた,この未知の強力な還元性物質(水素供与体)の生化学的性質,生理機能等々を明らかにする事にあった.勿論,その結晶がビタミンCそのものであるなどとは全く考えてもいなかった.事実,彼はその結晶の元素分析や分子量測定で得られた分子式(C6H8O6)に基づき,ヘキソース1(グルコースなど,炭素数6個の糖を意味する)と類似した構造で,しかも,かなり強い酸性を示すことから,それをヘキスウロン酸(hexuronic acid)と命名した.なお,彼は,このヘキスウロン酸の単離により博士号を取得している.その後,1928年~1929年の間の約1年間,彼は米国のメーヨー・クリニック2に滞在する機会に恵まれ,その際に米国の大規模な屠殺場で入手した多数の牛の副腎を処理して多量の結晶(約25g)を得,ケンブリッジに1929年の年末に戻ると,その約半量(約10g)を糖化学の専門家であるバーミンガム大学化学科のHaworth(日本語では,ハース,または,ハワース)教授に送った.翌1930年に彼は母国ハンガリーに帰国して,セゲド大学医化学講座の教授に就任し,更に,1935年には同大学の有機化学講座も開設・担当している.

その間,1932年4月に,米国のピッツバーグ大学のチャールズ・グレン・キング教授らが『サイエンス』誌上に発表した報告(題目:ビタミンC の化学的性質について)及び,その約2週間後に,セント-ジョルジ教授らが『ネイチャー』誌上で発表した報告(題目:抗壊血病因子としてのヘキスウロン酸)により,ビタミンCとヘキスウロン酸は完全に同一物質である事が明らかになった.その当時,未知化合物の構造決定には,構造が推定される化合物を実際に化学的に合成し,合成された化合物と未知の化合物とが同一物質である事を化学的に確認する必要があった.1933年にハワース教授の研究チームによりヘキスウロン酸(ビタミンC)が合成され,その構造が決定された後で,セント-ジョルジとハワースの二人は相談の上,これまでの名称であるヘキスウロン酸をA-scorbic Acid 3,すなわち,アスコルビン酸(Ascorbic Acid)に改めた.まさに,この時はじめて,恐ろしい壊血病を防ぐ坑壊血病作用を有する物質,ビタミンCに相応しいアスコルビン酸(A-scorbic Acid):A:Anti(抗)+scorbic:scorbuticus(壊血病に罹患している)+Acid(酸)=“抗壊血病作用を有する酸”という名称が誕生したのです! この名称は,特に,名称そのものを理解・利用しやすい欧米の人達にとっては,昔から苦しめられてきた壊血病の恐怖を消し去る上で,たいへん役立ったと思われます.

なお,化学的には,L-アスコルビン酸(L-Ascorbic Acid)が正式名称であり,その化学構造式は「ビタミンCってどんな構造? なぜグルコース(ブドウ糖)に近いの? 他に似たようなものってなに?」に掲載されています.



1ヘキソース(hexose)のhex-はギリシャ語で数字6を意味し,-oseは化学用語で,糖など炭水化物の名称に使用される.

2メイヨー・クリニック(米国・ミネソタ州・ロチェスター市)

3この用語の語源は,ほぼ中世ラテン語に由来している.

[倉田 忠男]